テキストを読み込む方法



 テキストを読むことは、研究の出発点であり、また最終的な目標でもある。

 テキストを読むことが研究の基本であるが、具体的な目標もなく漫然と資料を読んでみても、得るところは少ない。
 と言うよりも、そのような態度では「読む」という行為そのものが困難である。


具体的作業の必要性

 資料を深く読み込むために効果的なのは、資料に基づいて、年表・人物関係図・地図・索引などを作ってみることである。あるいは、資料の翻刻作業をおこなってみることである。
 もちろん、その作業の結果出来上がる年表や索引そのものが資料分析の効果的な武器になる。
 しかし、それ以上に、年表や索引を作ってゆく過程が、資料理解に効果的なのである。
 年表の一行を書くにしても資料を読まなければどうしようもないわけだから、否応なく資料を積極的に読むこととなる。一度目を通すだけでは十分な理解ができないから、何度も資料を読むこととなる。そのことが、資料の深い理解につながるのである。

 できあがった年表や人物関係図を必ず論文に載せなければならないというわけではない。
 論を展開させてゆく上で必要ならば載せればよいが、結果的に載せないことになってもよい。論文に直接使えないという意味では無駄な作業のようだが、有意義な研究作業という観点から見れば、けっして無駄にはなっていないはずである。


作業上の注意事項

 せっかく作るのだから、資料分析になるべく役立つように作ろう。
 それぞれの作業において注意すべき点をまとめておく。

年表

 年表と言っても、年単位でなくともよい。
 月単位、日単位、場合によっては時間単位で表を作ることになる。時間軸に並べられるような内容であれば、すべて同じように作ることができる。
 これは、さまざまな歴史的研究、物語や小説の分析などに効果的である。

 年表の作成方法については、立花隆『「知」のソフトウェア』(講談社現代新書)の記事が参考になる。
 立花氏は、次の二点を強調する。

  1. 年表は均一な時間軸の上に作れ。
  2. 一つの年表に異質なものを詰め込むな。
 (1)は、年によって記入すべき記事の分量に差があっても、それによって、一年の幅を伸縮させないということである。
 市販の年表のほとんどは、事件が多く起きた年は幅を広くとり、目立った事件の起きなかった年は省略するというような作り方がされている。限られたスペースの中で重要な事件をなるべく多く盛り込もうとして、そのような作り方になっているのだが、これがよくない。
 時間軸は均等に分割して、無理矢理にでもそこに記事を収めるのである。

 この方式には、いくつかのメリットがある。
 一つには、時間の長さが視覚的にとらえられるから、時間の流れ、時の間隔が感覚的に把握しやすいということがある。数字で「十年経った」と書いてあるのと、年表上で十年分の目盛りを見るのとでは、確実に後者の方が実感的である。
 また、空白箇所や、異常に記事が濃密な箇所ができることが多いのだが、それが、われわれに問題意識を芽生えさせてくれる。これもメリットの一つである。

 (2)は、同質の内容の歴史的変化を見るのが年表の基本的なねらいであるから、異質な記事を同じ時間軸の上に表示しないということである。
 たとえば和歌関係年表を作る場合、和歌に関わる事項のみの年表をまず作るべきで、そこに政治や軍事に関わる事項を混入させないことが大切である。
 ただし、和歌に関わる事象が政治的あるいは軍事的事件を背景とすることも当然あることだから、それらとの関係を把握できるようにもしたい。そのような場合には、多段式の年表にする。一番上の段は和歌関係の記事のみ、二段目は政治に関わる記事といった具合に分離して一つの年表内に表示する。

人物関係図

 これは、研究テーマに関連する人物すべてを、一枚の紙に図式化してみるのである。
 「一枚」というところが大切。
 物語や小説ならば登場人物をすべて図式化する。
 作家の伝記研究ならば、種々の資料に見られる人物をすべて図式化する。

 図式化するということは、研究テーマの中に「構造」を発見するということである。
 その構造は人物関係に限らなくてもよいのであるが、人物を指標とするのが最もわかりやすいということで、まず人物関係図を作ってみることを薦める。

 この作業は、年表や地図を作成するのと比べるとむずかしい。
 人物のとらえ方がいろいろ可能であり、また、その関係の表現の仕方もさまざまに可能だからである。
 試行錯誤して、何枚も作ってみるべきである。

地図

 軍記物語や紀行文などの場合は、注釈書類にもたいてい地図が付されている。
 それはそれでもちろん役に立つのだが、その場合でも改めて自分で作ってみるとよい。
 物語や小説などで、比較的狭い地域だけで話が進んでいるような作品の場合、縮尺の大きい地図を作ってみると、意外なことに気づくこともある。たとえば、王朝の物語などなら、洛中の地図で行動半径を調べてみるとよいかもしれない。

 地図を作成するについては、白地図があるとよいのだが、それがない場合には、適当な地図をコピーして使う。
 原版の地図がカラー版の場合は、白黒でコピーした方が使いやすい。大きい方が書き込みなどがしやすいから、必要に応じて、B4ないしA3サイズに拡大する。
 そうして用意した地図に、研究テーマに関連した地点、行程などを、色ペンやカラーマーカで記入する。

索引

 古典の主立った作品には総索引が作られている。
 だから、そうした作品を研究対象としている場合には今更必要がないようなものだが、自分の使用しているテキストと既成の索引の底本とが異なる場合もあるし、総索引ではなく、自分の観点からの索引の方が使いやすい場合もある。改めて作ってみる価値はあろう。
 また、和歌の場合は、新編国歌大観があり、各句索引は整備されているが、総索引まで作られている作品は数少ない。
 詩歌の場合、総索引は絶大な威力を発揮するから、ぜひ作ってみるとよい。

 近代以降の作品については、索引が作られているものの方が珍しい。
 長大な小説については、人名索引や地名索引程度しか作れないかもしれないが、短編小説などは、総索引も可能であろう。
 詩歌については、ぜひ作ってみるべきである。

 インターネット上に電子化されたテキストが公開されているから、それを使えば、労力はかなり軽減できるはずである。
 しかし、タッチタイピングの練習も兼ねて自力で入力するのも、資料の読み込みという点では効果的。
 電子化テキストにおいては、特別に索引を作らなくても、単純なテキストの形のままで必要な文字列を抽出することは可能であるが、やはり索引を別に作ってプリントアウトした方が、研究には役立つことが多い。

翻刻

 従来活字になっていないような資料は、翻刻しよう。
 その翻刻自体が研究成果として、高く評価される。
 作品の読みという面においても、翻刻作業をすることは絶大な効果を持つ。
 作品の読みができないと、翻刻ということ自体が不可能だから、否応なく作品を深く読み込むことになるのである。
 タッチタイピングの練習にもってこいである。

 ただし、古典作品の写本類には、パソコンでは扱えない漢字が使われていたりする。翻刻の際に、そうした漢字をどう処理するかは、なかなかむずかしい問題である(現在熱い議論がなされている問題でもある)。
 とりあえずは、「●」などの記号を入れておき、( )を付して、読みを付けておくくらいにしておこう。


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