最先端の歴史研究で見えてきたものとは?
教室内のモニターに古文書の拡大写真が映ると、周囲から「おーっ」という声があがる。「これは杉原(すいばら)紙。中央の白い点は米粉の粒子です」と先生が解説する。これは国史学科の岡野友彦教授のゼミのひとコマ。岡野先生は日本学術振興会の科学研究助成事業として、古文書に使われる紙や墨、筆などを科学的に分析するという研究に携わっている。その面白さを伝えるため、先生はときどき専用の顕微鏡と大学が持つ古文書をゼミ室に持ち込み、研究の一端を披露する。「従来の古文書学は、書かれた内容の研究が中心。でも、どんな紙にどんな墨や筆で書かれているかという『非文字列情報』の重要性に着目し、6年前から研究に取り組んでいます」
以前は、光に含まれる赤外線や紫外線が古文書を劣化させるため、貴重な史料に強い光を当てるのは不可能だった。しかしLEDの進化によって史料への影響が少ない光が生まれ、初めて可能になったという。つまり、これは歴史研究における「最先端」分野なのだ。岡野先生が扱う室町から江戸初期にかけて、多くの手紙は「楮」(こうぞ)という植物を漉(す)いて作った和紙が使われた。今でも障子紙として使われるこの紙は、当時は薄茶色が普通だった。しかし製造工程で何度も不純物を取り除いた真っ白の「引合(ひきあわせ)紙」は、当時から高級紙として知られていた。「最初、私たちは『位の高い人が、重要な内容の手紙を書く時に高級紙を使う』という仮説を立てていました。ところが、調べるうちに意外なものが見えてきたのです」
さあ、ここから歴史が面白くなる。
高級なのは本命チョコ?それとも義理チョコ?
研究の結果、紙の質と、書き手の地位や内容にあまり関連がないことが見えてきたのだ。「むしろ、プライベートな内容、特にその人の本気度が高い手紙ほど高級な紙を使うということが分かってきたのです」岡野先生は、例として恋文をあげる。「本命の人に思いを伝える時は、高級な引合紙を使用したようです」それを証明する事例も見つかった。鎌倉時代に、大量の米粉を混ぜることで薄茶色の紙を手軽に白くする「杉原(すいばら)紙」という技術が登場したのだ。「たとえば遊女が客に送る恋文などに、一見高級で、実は安価な杉原紙が使われていました。今でいえば義理チョコを贈るような感覚ですね」
歴史上のヒーローたちが自分と同じ人間だと知る
このように、古文書を科学的に分析すると、その時代に生きた人の心の動きが見えてきた。これこそが、歴史を学ぶ面白さなのだ。「よくゲームやアニメのキャラクターに憧れて歴史に興味を持つ人がいます。それは悪いことではありません。でも歴史を学ぶうちに、どんな英雄もいろんなことを考え、笑い、泣き、悩んでいた、私たちと同じ人間だということに気づきます。そんな『歴史のライブ感』に触れると、歴史はもっと楽しく、もっと身近になります。そんな歴史研究の魅力を、一人でも多くの学生に伝えたいですね」
今後は紙の分析だけでなく、墨や筆の科学的な分析にも着手するという。ますます歴史の研究が面白くなりそうだ。